天職に転職とか本当に嫌いなんだけどさ。

鬼のように売り上げを立てていた高級商材のカリスマ店員(古い)だった友人がひょんなことからエステティシャンに転職することになった。40代のキャリアチェンジである。
元々別に美容に興味はなかったとのことで(それもまたすごいけど)、いくら営業の才覚があったとしてもエステティシャンとしての修業はやっぱり必要!
というわけで、練習台のフリして高級エステの恩恵をあずかっている。今日もやってもらったのだけど、たった10日位の間にぐんぐんと腕を上げていてびっくりした。
たぶん、これからさらに本格的にやっていくと、彼女じゃないとダメというお客様がついてくるんだとおもう。

※そして早速カリスマご推奨の日焼け止めに夢中になってしまった!B.Aプロテクターなるエイジング化粧品。エイジング化粧品が実感できるお年頃になったことも若干ショックだが、とにかく今までの日焼け止めとはぜんぜんちがった。つーかコレ美容液じゃないの?

もうひとり、私の友人に、学生時代からプロ顔負けにメイク技術やらをもっていても、かえって本気過ぎて「私はプロとしては無理だ」と言っていた人がいる。非常に細やかなことが好きで真面目で一生懸命で、高校時代、私がスカートをばれない程度に短くするためのまつり縫いを彼女か親に頼んでいたくらい(恥ずかしい過去だな)。
人生紆余曲折あって、いろいろあって、やっぱり?ネイリストになった。もうその選択肢をとるしかなかったのかもしれない。30代半ばのキャリアチェンジ。
が、その後すごく人生が好転していった。お客様もしっかり固定客がついているらしい。

私からしたらそりゃそうだ、だった。だってキレイだもん。彼女も彼女がつくるものも。

私はあまり天職というのは考えるのが好きではないし(キャリアという概念に真面目の取り組み過ぎたものの見方のせいです)、どんなにスピリチュアルなことが好きでも労働市場というものを舐めてかかることもできないので(前文と同じ理由)、彼女たちが天職にめぐり会えた、とか、思い切ったチャレンジをしたから、とかはいいたくない。
そのうち素直に思う気もするんだけど、なんか安っぽいので今は言いたくない。だって、言葉にできないくらい、すごいことだと思ってしまっている。

二人の共通点はとても愛情深い人たちということ。
受け取りベタというのは別に彼女たちだけではなくて、多くの人がそんなものなので特別ではないのだけど、二人は私の友人たちのなかでトップクラスの「与え好き・慈しみ好き」だと思う。
ちょっとカタチは違うけど、与えたくて仕方がない。
与え過ぎて、傷ついてきたかもしれない。理解されにくいほどだったかもしれない。

人に触れる・触れられるという行為は、性的な意味を超えて、誰もが一番欲していることのひとつ(とアクセスではいいます)。
だとしたら、彼女たちの誰かを慈しみたい、与えたいという自然なエネルギーは美しくするために触れるという行為で、ある意味、とてもポジティブに昇華したのだとおもう。そこは彼女たちにとってすごくストレスフリーなのだ。
いくらでも与えていい(どうせ相手は受け取りたいだけしか受け取らない。もちろんそれ以上を与えることは一つの暴力かもしれないけれども、そこはネイルもエステも時間とお金の概念があるので、セーブされる気がする)。

そんな美しいエネルギーの流れがあって、本人たちもストレスフリーでこの仕事していてよかったなあと思えたら、そこにどんな抵抗が起こるというのか、という。
彼女たちのエネルギーが必要な人達は自然に集まるほかない。そこに壁がないから。

もちろん、なんも問題がないわけではないだろうし、色々苦労もあるだろうけれども、自分の質にあった仕事をする(好きなことを仕事にすると一概に言い切れないんだけど)と、それを必要な人達が必ず現れるのは当然で、かつ自己価値観も上がって、人からも感謝されることも増え(それが目的じゃないだろうけど)、自分を好きになって、これよりいいことってどんなこと?になっていく、わけです。

ただ、この自分の質に正直になる、自分の質を受け入れるというのが本当の本当にたいへんなんだよね~。
そもそも自分の質なんて知っていても知らないふり。

だからこそ、すごい。
これよりいいことってどんなこと!なんだとおもう。

シンプルという魔力

シンプルブームはどこからきたのかよくわからないけど
シンプル=素晴らしいという謎の考えを自分に取り入れている人は多い。

シンプル=無駄がない、余計なものがない、簡素、単純、かんたんといったイメージでしょうか。
なんでそれがすごい・素敵・素晴らしいになっているのか。

口が回り、頭が回り、インターネット検索ができればいくらでも屁理屈は唱えられますけど、そもそもそのシンプル万歳って、自分の?っていう。

シンプルに生きます、といった人の複雑怪奇な言動とか
シンプルさを追求します、といって単に整理整頓してゴミ捨てしただけとか
シンプル=手抜き(一概に悪くはないけど、シンプルってだいたい丁寧とセットだよね?)とか
まあいいんですけど。

私は自己成長とかスピリチュアル界隈の手法においてはシンプル大好きさん(できるだけモノをつかわずにすむ。時間も体力もいらない。できたらお金もかけたくないけど。。。うそです、つかってます)ですが、シンプル(楽そう、モノいらなそう、時間かからなそう)なルックスで面白そうな手法だとすぐに喰いつくミーハーなので、結果ぜんぜんシンプルじゃない。。。
今書いていて残念な気持ちになってきた。

※シンプル系最強の手法はやはりハーディング氏の指さし実験じゃないかと思いますし、あの「はっ」とした感じで、全てが面白いものの見方で、自分の考えなんてないことを知っている状態(このあたりはアクセス)でいたら、そりゃあ全てから解放される。

おまけに、日常生活のシンプルはあんまり気にしてません。シンプルはたいへん(このあたりは私のシンプル=その分丁寧というものの見方の反映です)だ、かえって。

なので、シンプルじゃないシンプル信者をみていると、もやーっとします。

自身の体験および他の人の様子をみて、たいていシンプルの後ろにあるのは
シンプルの果てに求めていた何かすんごいものではなく、まずは

いい意味ではごちゃごちゃからの解放とスッキリ感、そしてごちゃごちゃからの反応としてのなにもない景色や地味さ、地道さ、つまらなさ、忍耐、単純さ、変化のなさ

だと思います。まったく情動にはたらきかけてこない、興奮もない世界。
だいたいここでくじける。意図的な拡大と興奮を仕掛け、無意識的に元のがちゃがちゃに戻りたくなるのです。

ただ、さらにその後ろに、他人からみたら「素晴らしいもの」とか「拡大」とかがあって、でも当人からすると素晴らしいとか拡大とかそういう概念が消えているわけです。既にシンプルによる世界に現れたものがあたりまえで楽ちんの通常モードなので。この状態があたりまえの世界に移っている。
なので、シンプルライフ最大のいいところを享受するにはがちゃがちゃに戻りたい期を乗り越える必要があります。

傍目にはそのプロセスがわからないから、余計にすてきなんだよね~。自分で創るという時の自分が、がちゃがちゃ時代の自分と目線が違うしね~。

というわけでシンプル追求のまえに、そのシンプル、ほんとうにいる?
本当にすき?そのシンプル希望、誰のもの?とご自身にといかけを。
そのほうがよっぽど、シンプルかも。

「私とは本当は何かを見る」会に行ってきました。

非二元やスピリチュアル関係の翻訳を多数手掛けている髙木悠鼓さんが開いている
「私とは本当は何かを見る」会に一年数か月ぶりに参加してきました。

一年数か月前はタロットもアクセスもやってなくて、というか本当にあんまりいろいろやるつもりもなかったころです。
あああ遠くまできたもんだよ。

※「私とは~」はイギリスの哲学者・ダグラス・ハーディング氏が開発したものです。
※ハーディング氏や「私とは本当は何かを見る」実験については、頭がない方法のページをご覧ください。

元々、私が非二元と髙木さんにきゃあきゃあ言い出したのは2010年頃。
全てのスピリチュアル系のワーク、ぜんぶなくなればいいよ!無駄だよ!に苛まれて大変だったころ、当時お世話になっていたストーンショップの方から紹介していただいたのが髙木さんの本でした。
もう知りたかったのはこれだよ!とえらくすっきりしたものです。
※その後、震災を契機に結局一切のスピリチュアル系ワークを一旦止めて、労働関係の仕事に戻ったんだけど、やっぱり好きだからまたやりはじめて今に至る。そんなもんだ。

で、久しぶりの実験でしたが。
おもったよりも変化がありました。

大嫌いな実験は嫌いじゃなくなり(嫌いな実験があった)
頭がない、そこにない、のないは本当にない、のないが
理解や情報ではなく

あーないわ、ないない。ないね、ない。

とぱーんと入ってきて面白かったです。

正直あんまり神秘っぽくはならないのですが。
ただ、モノを難しくしてみえなくしていたんだなあ、結局というのをつくづく感じました。

もし、世界が私、なら全てを創り出すのなんてできて当たり前でしょ、ということに身体とbeingが「だろー?」となった。

昨日、アクセスのabuseミニクラスに参加した後の続きでこういう本質ワークみたいなことをしたせいか、頭じゃないところで入ってくる体験をできた気がします。

スピリチュアルというジャンルにおいては、あんまりいろいろな手法やら教えやら考え方やらをミックスミックスするのはどうかと思うけれども(全部中途半端でどれも意味ないじゃん!みたくなるから。何事もしばらくやってみるなり、練習するなりは必要。)、迷いにするわけではなくて相互補足できる程度に遊びながらであれば、やっぱり体験や理解が進んだ気がする。

うーん、相性もよかったのかも。
だって、世界=私=無限の存在だからね。

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組織論的に「ずっと一緒にいようね」を検討する。

「ずっと一緒にいようね」
「ずっと一緒にがんばろうね」
「みんなで成功させようね」

といったものの、泡となって消えていく関係性やらグループやら。
一緒にいても死んでいる関係性なんてよくある話です。

成長の速度や生き方や考え方が変わったら
一緒にいられないのでそれはそれで仕方ない!
以上!

※非常に参考になるサイト⇒シンプル道さんのブログ
グルと弟子の関係性のことをおっしゃっていますが、どこの人間関係にも応用がきくとおもいます。

なんですが、なんかこう理屈っぽい話をちょっと書いてみます。
バーナードさんという経営学者さんがいらっしゃいまして。
組織論を展開したんです。ここからはかなり雑かつ私のものの見方はいりますよ。

【組織とは】
・2名以上 でまずOK。

【組織の3要素】
1)共通目的
2)貢献意欲(協働する意欲)
3)コミュニケーション

の3つを持ち合わせます。

カップルや友人関係、夫婦、友達グループも組織です。ある種。
よくある感じで考えます。

1)一緒にいて、楽しさや安らぎを共にし、成長し合う。日常生活を維持する、子供を育てるなんかもあるかもしれません。
2)そのためにお互い助け合う、時にはお互いのために厳しいこともいうかも
3)いつもやりとりはちゃんとする。正直なやりとりもするかもね。受け入れてもらえるかな?

互いに状態がいい時やはじまったばかりの時はスムーズにこの3つが回っていますが、
だいたいどれかがおかしくなると、なし崩しに他の2つもおかしくなります。

例えば、なんだか調子がわるいとき。
仲良しなんだから、カップルなんだから、言わなくても私が調子が悪いのわかってよ!となる。
で、自分が一方的にコミュニケーションを足りなくし、相手への貢献がなくなります。(自分に忙しいので)。
過去の蓄積があれば、ちょっとしたことでは揺らがないかもしれないけど、信頼を失うのはいつも一瞬です。
結果的に、共通目的を疑います。一緒にやるのはむりだと。

それも自然ちゃあ自然なんですけど、もしやっぱり一緒にやりたいなあ、この組織を維持したいなあ、と思うのであればこの3要素のどこがいまずれてしまっているのかを見直して、正直なコミュニケーションをとるしかないんだと思うわけです。
結果はわからないけど、やると気づくことはあるとおもう。

あなたの組織はこの3要素、機能しているでしょうか。
あんがいどこでも機能してないんだよねえ~
機能してなくてもなんとかなるのもまた現実なんだけどね。

見直して機能させることは十分可能だし、機能している時、やっぱり気持ちよいと思う。そこにいて。

あとは、組織化するくらいに妙に濃い関係性にしない、コミットしないことだよね。
かるーいくらいのつきあいにするとかね!
(それだけだとなんともさみしいかも。そう思うとちょっとした濃度をやっぱり人はもとめるのか。。。)

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キーポンシャイニング!

昨日は仕事のあと、水谷千重子せんせいのキーポンシャイニング歌謡祭に行ってきました。
紅白歌合戦出場を辞退し続ける千重子せんせいが、まさかのNHKホール。

芸能生活50周年のお祝い、ということで、まあゲストが豪華豪華豪華!

やっぱりかわいい相川七瀬さん、ナマサンキュウに感動堀内孝雄さん、喋りまくりの川中美幸さん、マイクプレイ?かっこよすぎる大友康平さん、ショウコ!でおなじみ松村雄基さん、切なすぎのスターダスト・レビュー根本要さん、そしてトシちゃん!

でもって、オネエ歌手の春零ちゃん、歌唱力ありすぎ。ビックリした。

こんなにいろんなもの、みたことないわ!笑いがとまらんわ!の4時間弱でした。ちゃんと紅白の銀テープももらったし。

あらためて、ほんとうのほんとうに、笑いは最強と思ったね。
そして喜び、安らぎ、豊かさはそこにあるね。
現象よりも先に、喜び、安らぎ、豊かさになること。いちばん簡単な方法は笑いだわ。悩みもモヤモヤももろもろ消し飛ばすわ。

アクセスの認定ファシリテーターのリアムさんがあるクラスの最初に笑いネタ問いかけをしてたけど、いやー、ほんとそうだ。

やっぱりユーモアとスッキリはセットです。

もしどーでもいいことに常に笑っていられたら、どれだけの喜びと安らぎとスッキリがあなたをつつみこむ?

倍速であの素晴らしい愛をもう一度。

ところで。
一生懸命受けたあのクラスの録音。
前向きになれたあのセッションの録音。

きいてますか?

私は、正直録音した事実に満足してあんまり聞かないタイプでした。
それはそれでなんの問題もないんでしょうが。問題ないんです。なんも。

が!

今、目の前にあの空間で感じたパワフルで前向きなエナジーを再現できるとしたら?
袋小路にハマりこみ「出られんわ!」と思っていた情況を抜け出すヒントが既に与えられているとしたら?

クラスにしろ、セッションにしろ、無意識レベルでは全部全部受け取ってるのでしょうが、目の前の日常は意識レベルでしか基本認知されません。だから受け取れません。全部は。

ようはみてないし、きいてないし、かんじてないのとおなじ。だって、みたいもの、ききたいもの、かんじたいものを受け取るから。 まあ、取り残しがあるんですよねー。

もう一回聞くだけで、ヒントがあったり、答えがあったり、エナジー変わったり。間違いなくあります。
あなたがエナジーを投入したものほど。
だから、いま、受け取ればいい。

で、次。

一時間もきくじかんがない。
何時間もきいていられない。

どこまで抵抗するのか!

一生懸命聞かないで、聞き流せばいい。
何度も聞けばいいだけ。

でも!

と、私も思って面倒くさかったのですが。最近のスマホアプリは優秀で、倍速音源再生アプリが無料でごろごろしてます。

倍速で聞き流す!わけです。

内容とそもそもの早口度合いにもよりますが、日本語は1.5~2倍は余裕です。英語も思ったより案外へいき。

一時間のセッションは30分で。
たくさん受け取りました。間違いなく。
大事なこと、あのエナジーの再現には十分でした。

あの素晴らしい愛を倍速でもう一度!

これよりいいことってどんなこと?

何をやっても一緒ですが何か?

最近、スピリチュアル~と言われるジャンルの本を4冊同時並行で読んでおりました。
うち3冊はアクセス・コンシャスネス、のですが。

読むほどに思うのは
結局何をやってもいいな、と思うのです。

スピリチュアル的なものを学び始めた時
日本にトランスパーソナルの考え方を導入するのに非常に尽力された方の勉強会に
毎週参加していた時期がありました。
その先生もおっしゃっていましたが、道が違えどもたどり着くところは一緒というやつです。

ただ、やっぱり私たち人間の個体それぞれに特徴とか偏りがあるので、何を選ぶかもやっぱり違うのも仕方ない気がする。
何をやっても一緒だとしても、そのプロセスを追うにあたっては自分がすきなものでやればいいし、時々に変わるでしょうという。

私がアクセスにのめり込んだ理由の一つはとてもノンデュアルな考え方にちかいな!と思ったからだけれど
じゃあ選択とか問いかけとか自分をジャッジしないことの大切さ、というツールがものめずらしいかというと、言い方はちがうけど、結構同じことをいっているわけです。スピリチュアルの先人たちは。
コーチングとかアドラー心理学とかを学んだ方たちからしたら、その「選択である」とか「客観視する」ところなんて、あたりまえだ!それがどうした!といいたくなるかもしれない。

それでも、ツールだったり実感のしやすさは秀逸だと私はおもっているけれどもね。
最近は特に簡単な「手技」がある点はいいなと思います。言葉遊びってさー、はてしないんだもん。

だからこそ色々学んできた方ほど、アクセスのクラスを受けると今まで学んできたものが腑に落ちると思います。
知識ではなくて、現実につかえるものになるというかね。
今までは言葉遊びが邪魔してきた部分は手技がありますからね!

あー、ばーずしたい。

当たらない占いを当たってる感じにする方法。

個別に見てもらった時はともかくとして
雑誌やネットやテレビやら、大多数を対象とした占いのフィット感が
イマイチなことは多い。

一番簡単な方法は受け入れ受け流し、軽くなければ選択しないなので、
無視すればいいんです。つかわなきゃいいんです。けしてしまえばいいんですよ。
タロットやっている私がこんなこというのもなんですけど、だってしかたないじゃんねえ。

とはいえ、きになるしー、生かしたいしー、というのも人情です。

そんな時。
星占いであれば、手があります。
いろいろと手はあると思いますが、私の見解ではかなりとっかかりやすい手です。

自分の月星座でみる。

というもの。
月星座はネットでも無料で調べることが可能です。調べてみてね。
ただ、生まれ時間がわからないときちっとはでてきませんが
まあ遊びなので、いろいろさがしてみてください。

基本的に占星術の場合、占い師さんは太陽星座で書いていると思うのです。
が、太陽星座ってやっぱり自分の本質というか在り方の象徴なので
日々のぐだぐだしている「自分」というのとはハマりが悪いこともあります。

そんな時にはナマっぽい部分を表す月星座で読んでみます。
もしくは月星座と太陽星座の両方よんで、自分なりに読み替えます。

大多数に公表しているような占い師さんが
そんなことしちゃだめだ!
とか言い出すことはそうそうありえませんので
どうぞお試しを!

クリスマスプレゼントその2。

というわけではないですが。

私が尊敬する井上真由美さんのblogをご紹介します。
個人セッションは3ヶ月待ち。最強の魔女!
ふわふわしたことが一切ない、地に足ついたセッションはスピリチュアルなセッションじゃないかも。もはや。

お話聞くたびに元々素質のある方がこんなにも真摯に地道に努力するんだなあー。とおもいます。
まあ、たいていの物事はそうですが。

努力しない才能あるひとはまずいないからなあ。

透視リーダーの日常
透視リーダー・ヒーラー hauoliの幸せの贈り物

スピリチュアル界隈で学びを続けていくなら、参考になる記事ばかりです。
ツマランセッションやらワークショップやらに行って、エナジー無駄遣いしなくてすむかも!

これよりいいことって、どんなこと?

クリスマスプレゼント!

というわけではありませんが、お薦め本。

動物園から神の王国へ

非二元関連の本を多数翻訳されている高木悠鼓さんの電子書籍。

スピリチュアル関係をそこそこ学んできた方なら笑って楽しんでもらえるんじゃないかなあ。
第三部は高木さんのワークショップ後のお茶会の雰囲気まんまです。

このシンプルさって、みんな選択できないんだよね。
真の自己受容な気すらします。

私が望む生き方を問いかけると、これを読みたくなるっていうのは、なんとも。

やっぱり、どこまでも何事も「趣味」なんだよねえ。