グルと教えとそのまわり


髙木悠鼓さんが翻訳されたダグラス・ハーディングの本、「存在し、存在しない、それが答えだ」(リンク先は密林です)の感想を今年中にこのブログにアップすることを目標にしていたのですが、あと2日残してくじけることにしました。

ハーディングの本は個人的には実験をやるかやらないかで読みやすさが全く変わる、と思っています。

実験をやってから読むと、あー、と思いますが、実験をやらないで読むと意味すら分かりません。たぶん。
私はちょこちょこ実験をして数年なので、アレですが
(。。。これはよくないのだ。いつでも初体験の気持ちが大事なのだ、実験は!)
数年前、実験をやる前にこの本ではないハーディングの本を読んだ時のサッパリ意味が分からない感じは覚えています。

目で字を追うだけ、とはこのことか!吉本隆明さんの昔の本よんでるみたいだな!

というかんじ。
来年にはちゃんと感想かきたいなあ!
おもしろいんだよう。。。

で。
先日、タロットのお客様とお話ししていて、

「スピリチュアル系の学びでは、ある3つの要素が大切。そのうちの1つでも失ったらもーだめです。おしまいです。」

という会話になり、自分も、そっと離れたものは数知れず(学びや実践は一人で続けるケースはあるとしても、なんていうか所属?とか参加?はやめる感じ)なのですよ、といいました。

参考になるブログをご紹介しますね!とその方にお話ししたので、
今回、本の感想の代わりにご紹介させていただきます。

この流れですので、もちろん、髙木さんのブログですが↓

グル(先生)-弟子(生徒)関係の苦痛
※もうひとつ、わかりやすい記事があった気がするのだけど、みつからなかった。すみません。

スピリチュアル、というものが実践だとするならば、正直ひとりでやればいいので、内容さえよければそれでいい!んだけど、まあそうもいかないんですわな。
。。。というのは、日常のどこかしこにみられるはなしです。

この3つの要素に結局人と人との問題が2つしめているあたりに、なんていうかねえ。
にんげんだもの、を感じます。

私もあっさりそういった人とか教えとか組織とかから離れているようにみえて、まあ悩んだりします。
人にもぐちぐちいいます。
とはいえ、悩む時間は短いですけど。
。。。ついつい投下したエネルギーと可能性を捨てることを思うと、けちくさくなっちゃうんですよねえ。

しつこいようですが、ひとりでやればいいんですけどね、学びは。
というか、やるのは自分という意味ではいつでも一人旅です。