あなたがいいと思うものを私はいいと思わない。

何が美しく、何が醜いのか。
何がおいしく、何がまずいと思うのか。
何に興味があり、何を楽しいと思い、何に感動するか。

こういった判断基準や志向が近いひととは仲良くなりやすいとは思う。
※境遇や環境が似ている人も仲良くなりやすいよねえ。

一方で、そういった部分が真逆でも仲良くいることができ、長続きする関係もある。
絶対に合わないことが前提となるから。
絶対に合わないので、うけいれるだけだ。

古い友人は私があるアイドルのあるメンバーが大好きなのを受け入れているが
(私の好みのタイプであることもよくしっている)
そのメンバーのことは大嫌いである。
一緒にコンサートにいっても、そのメンバーのソロ曲のときはいなくなる。

ちなみにその古い友人が絶賛するメンバーを私が「かっこいいなあ!」と思ったことは一度もない。
どうでもよすぎて、嫌いですらない。そのぶん私の方がひどい気もする。

でも、そういうものだ。
友人のことは好きだし、友人の好みもよく知っているから、それだけのことだ。

ある小説が大好きで仕方がない、で始まった友情は、今ではお互い読む本も全然違う。
アイドルだって、ぜんぜん違う人が好きだ。

すごく仲はいいと思う。もう20年以上の付き合いになる。
お互いにお互いの人生があり、年に数回しか会わない。

だけれども、お互いに志向や判断基準を押し付けることもない。説得もしない。
いちいち友情の確認もしない。心配もしていない。

と思うと、私たちの友情は共通する志向や判断基準「ではないもの」で支えられていることになる。
※出会った当時は境遇や環境が共通していたと思うが、今は全く違う。

私たちの友情を支えるものはなにか。